鳥かごは必要なもの

julien2008-02-27

0007 It's A Beautiful Day "White Bird" (1969)

この曲のために、今でもガイド本などにはこのアルバムが紹介されています。そうでなかったら、僕などは存在すら知らなかったでしょう。69年とは言え、時代はハードロック全盛時へと向かう渦中、そういう時代だったからこそ、この作品は普通に愛されていたらしい。当時、俗にいうロックファンも、ハードロックだけを聴いていたわけではないんでしょうが、この曲の清廉とした佇まいは聴く人に何かを残す。だから、今でもガイド本に載っている。
おそらくソフトロックかフォークロックとして分類され、どこかバーバンク的な雰囲気もある。スローなテンポで進む美しいメロディ、ヴァイオリンの響き、男女の混声ヴォーカル、僕は60年代前半のポップ・デュオを連想する(現にあるヒット曲に似ている)。
しかし、歌詞は少しも明るくない。金色の鳥かごのなかの白い鳥、飛べるに違いないけれど、飛べなければ死ぬだけ、年老いていく白い鳥。まるで童謡の「かなりや」みたいだ。
間奏のヴァイオリンは延々と哀調を奏で、それがまた静かに美しいハーモニーに戻る。
この曲を、朝、コーヒーを飲みながら聞きたいなどと当時の評論家は言っていたそうですが、それだけ時代は幸福で、この鳥が象徴しているものなんかに誰も気付かなかったのか。
僕は、この鳥がいまどうしているかが気になるのです。結局、鳥かごから出れずに死んでしまったのか、しかし、この曲を聞きながら、そんなことを考える必要もない。それに、この鳥の名前を(それが、何かの比喩であり、たとえば、この鳥の名前が幸せ、自由といったようなものだとしても)、知る必要もない。この曲は今もこうして聴かれるだけで、考え込んで無理矢理に解釈しそうになる僕や誰かを、どこかで置いていく。気付けば鳥かごはもう目には見えなくなり、鳥は、飛んでいってしまう。けれど、また聴くと、鳥は再び鳥かごにいる。それが何かを考えなくてもいい、鳥かごを見るのは、結局、私。
ジャケットからだけでなく、この曲を聴くと青い空が見える。鳥かごは、だから必要。