ある時期、感情は執拗にリフレインする

julien2008-04-13

0010 Elsa (Elsa Lunghini) "T'en Va Pas" (1986)

邦題『哀しみのアダージョ』で日本でも広く知られるポップ・フランセーズの超有名曲。
大貫妙子さんも『彼と彼女のソネット』という曲名でカバー。
他にもカバーは多いが、それも納得する、一度聴いたら耳から離れないこのメロディ。
それは、ポップソングにしてはやや長い5分間の大半はサビの繰り返し、執拗にサビを繰り返すこの曲の構成にもよると思われる。
その繰り返しはとにかく印象に残る。美しいメロディだから、サビ以外などほとんど要らないのだと言うかのごとく、ひたすらにそれだけを歌い、聴かせてくる。
でも、それは、作曲家の技術が低いのでも、売れるために単純に分かりやすい曲を書いたのでもなく、この曲の歌詞の内容によると思う。訳詩では大きく変わってしまっているけれど、原曲を聴いていると耳につく「パパ」という言葉。
この当時のエルザ・ランギーニは13歳。そしてこの曲は、娘が父親にママを置いていかないで、と歌う曲。
こんな曲は、この歌詞のままでは間違いなく13歳ごろの少女にしか歌えないだろう。大貫さんが歌詞を変えたのはそういうことによると思う。
かなわない想いや感情は、消えて行かない。諦めもつかない、切り替えもつけられない、何度も何度も繰り返し口にする、そんな感情。行き場がない、ただリフレインするしかない。メロディになることで伝わるかもしれない、そうしてメロディは感情に寄り添ってリフレインする。そんな切ない想いがそのままメロディになる、歌になる、そしてこんな曲が生まれる。そんなふうに感じる。


ポップミュージックに少女の存在は欠かせない。古い時代のものから色々聴いているけれど、もしアイドルポップが無かったら、ポップソングの3分の1はつまらないものになっていただろうと確信をもって思う。そして、その大半は、彼女達が歌わなければ意味がなかったものだし、歌の作り手たちはそれを意識して書いただろう。そして、少女たちにとって、一年一年はとてつもない濃度で過ぎる。一日たりとも、重なってしまうような時間はないだろう。だから、この曲は13歳のエルザにしか歌えなかった。この曲を18歳の少女が歌ったらこれほど感動的な曲になっただろうか。
今も同じ年頃のアイドルたちが日本でも歌を歌ってる。けれど、どれも背伸びした恋愛を歌うものばかりだ。恋愛が彼女たちに必要なのも、彼女たちに花を咲かせるのも事実だろう。しかし、花咲く乙女達の影にあるのはそれだけだろうか。そういう歌しか歌わせられないとしたら、作り手たちはあまりに想像力に欠けてるのではないかと思う。
夜に花は何をしている?耳を澄ませば聴こえるはず、少しだけ想像してみれば。


エルザは、ヴァネッサ・パラディと当時よく比較されたというし、その後のヴァネッサの活躍に比べて低い評価をされたという。しかし、ヴァネッサの曲がその後どれだけ輝こうが(僕もヴァネッサの曲は好きですが)、この瞬間のエルザを越えたとは思えない。

※ちなみに、下の動画ではプロモーション用ということもあって、残念なことに後半のサビの繰り返しがカットされてます。