Saint Etienne / Foxbase Alpha (1992)

julien2004-04-12


80年代の終わり頃、音楽は新たな「周縁」を見いだしました。60年代のブルースやソウル、70年代のスカやレゲエ、ファンク。そして、ヒップホップ、ハウスにテクノ。
今までと違ったことは、「中心」であったロックの地位の低下が明白だったこと。多くの才能が周縁に流れ、中心は空洞化していきます。ロックはもはやひとつのジャンルでしかなくなっていくのです。
でも、それは別に悲しむことでもなくて、要は、そこに素晴らしい音楽があるかどうか、そして、そうした新しいものに対して、どれだけ感性を自由に働かせることができるかどうかです。
セイント・エティエンヌは男2に女性1のトリオ。ミクスチャーやサンプリングを駆使してサウンドを作り出していたのは、ヲタクっぽい男2人。だから、今だったら、ケミカル・ブラザーズのようにヴォーカルを外部からゲストとして用いるという発想もあったかもしれないけれど、彼らはロマンティックな歌声を持つ「特定」の人が必要だったのだろうし、そんな辺りに彼らの、どこか「新しい世代」とは違う古い感覚を感じたりします。そして、それは暗い90年代の始まりを告げたアルバムの一つであるこの作品が、実は幸せな記憶を否定する必要さえ感じていなかった過去の感性が産み出したものだってことを、示しているように思えてならないのです。
そう、これはハウスやヒップホップといったダンスのリズムで作られた作品ながら、どこかそれらとは違う素人的な感じというか、クールさというものがあまり無い、とてもぬくもりのあるものになっていることからも感じます。恐らくポップ・ミュージックに対する純粋な憧れが、ミクスチャーという新しい武器でもって、幸福な形で表現されているのでしょう。70年代のディスコ・サウンドと90年代のクラブ・カルチャーの最初の出会い。だから、スロウなジャムには、クールさではなくて、キュートさが強調されているんです。

渋谷系のフェイバリットでもあったという事実が、この作品の受容のされ方をはっきりと語っていて、新しい「おしゃれ」というものを探していた人たちに愛されたということ。ハウスが苦手な人も、これなら聞けるのでは?けれど、この先にあったのは暗い道でした。時代もどんどん黒い雲に覆われていく。渋谷系の夏は長いものではありませんでした。彼らが感じただろう挫折感は、その後のロックにとっては、大きなダメージだったと思います。クラブ・ミュージックの否定にしかロックが行けなかったことは、ペイヴメントが語る「ロックの死」へと繋がるし、新しい音楽を産み出せないでいる今の音楽シーンを象徴しているとも思えるのです。
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