人権擁護法案を巡って

人権擁護法案を巡って、国会以上に某・巨大掲示板サイトを中心に揉めてるようなので、少し調べてみました。
が、肝心のブログのレベルが低すぎてお話にならない。
とりあえず、法案自体に相当問題があるのは事実で、刑事訴訟法憲法に違反する可能性が高いのは事実です。しかし、さすがに国会もさるもの。今日のところ、反対意見続出で、すぐに成立ということにはならなそうです。もっとも成立したところで、憲法32条(裁判を受ける権利)がある以上、被害者は裁判所に救済を求めることが可能ですし、裁判所としても、このような例外を安易に認めるとは思えない。
要するに、憲法はそもそも国家を規律するものですし、行政権力が暴走しやすいものだということは、ちゃんと予測してるのです。そのために、違憲審査権があるのです。万が一、成立するようなことがあったところで、ブログの無知蒙昧な連中が述べるような「独裁国家の成立」なんてことはないので、心配する必要はないです。

というか、それ以上に、レベルが低いなんんて書いたのは、某ブログにまとめられていた「法案の法的問題点」なるものの内容があまりに酷かったので。

例えば、次のような文章がありました

本法案は国民が自ら自由・権利を放棄し、一部の者による訴訟権の濫用を招き、公共の福祉に反する利用を招くものであるから、憲法第12条に反する

いやー、これは面白いです。12条を、何も知らずにそのまま解釈するとこうなるのかーと大笑いしました。
ちなみに、12条の原文は以下のものです。

第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。


ここで肝心なのは、憲法はそもそも対国家規範であるということです。つまり、国家行為を規制するものであって、憲法は原則、国民を規律するものではありません。
しかし、この12条を読むと国民に義務を課しているように読めます。
それは、権利というものは、歴史のなかで人間が勝ち取ってきたものであるから大事にしないとダメだよ、って言ってるのと、あと、時効の問題で出てくるのですが、「権利の上に眠るものは保護しない」ということを言っているに過ぎないのです。え、保護しないの?って思われるかもしれませんが、それもあくまで、私人間の権利調整における制約に過ぎません。相手側のほうをもっと考慮してあげる、ってことを言ってるだけなのです。
さらに、後段の「国民は権利を濫用してはならず」というのも、民法1条3項の「権利ノ濫用ハ之ヲ許サス」の根拠であって、これも、相手を無視した自分勝手は許しませんよ、という趣旨です。
それも、こうした一般条項(色んな場面で使える条文というような意味)は、滅多に使わないのがルールだったりします。それくらいに、国民の権利を制約することは慎重に行われているのです。


上のが一般的な解釈ですが、これを元にすると、上のブログの文章にはおかしなところが、たくさんあります。


まず、国民が権利を放棄することが憲法違反だなどと言ってますが、物を捨てるのは所有権の放棄になりますが、こんなことが違反になるわけがありません。裁判においてさえ、処分権主義で、負けるのも勝つの当事者の自由に任せるという趣旨が取られていて、国家は口出ししないという趣旨が守られています。


次に、公共の福祉に反するから憲法違反、などというのは、到底法律を分かっている人間が書くものではありません。「公共の福祉」というのは、憲法が規定した人権制約の根拠とされるものですが、それは、あくまで利益調整のためのものです。みんなのために、誰かが我慢しなくてはならない場面は絶対にあります。勿論、そういった人にはちゃんと補償がされますが、そういった場面を想定して規定されたものなのです。しかし、「公共の福祉」なんて曖昧で抽象的な言葉だけでは、制約することができません。だから、色々な解釈をして、問題ないように当てはめていきます。そういうものなのです。
だから、「〜が公共の福祉に反するから憲法違反」などという使い方は絶対にしません。「公共の福祉のために、〜するのは、憲法違反ではない」というふうにしか使わないのです。


他にも問題点はあります。というか、これは笑っちゃうんですが、そもそも12条違反なんて聞いたことないんですよ。なぜって、これは人権も絶対じゃないよ、っていう規定なんで、対国家規範である憲法に、この条文が違反するわけがない、と(笑)


で、これを書いた人が法律のことをなんにも知らないことがこれだけではっきり分かっちゃうんですけど、それ以上におかしいのは、「一部の者による訴訟権の濫用を招」くことを12条違反としていることですね。普通に考えれば、これは76条違反です。ブログが挙げていることは、裁判所が司法権を独占するとする76条に明確に反しますから。しかし、不思議なことに、ブログにはこれに触れてる箇所がありません。三権分立に反するとはあっても、違憲審査権に触れた文章もないです。


なんというか、この問題に関して騒いでる人たちに、ブログを安易に信じるなとは言いたいですね。
勿論法案に問題があるのは明らかなので、彼らの意志には賛同しますが、国家と戦うのなら、もう少し考えたり勉強する必要があるのでは、と思います。というか、専門家の意見をまとめてこそのブログだろう、と。だから、ちゃ○らーが騒いでるだけのようにしか見えないのです。AAとか、スレッドとかを並べられても、情報の客観性をまるで担保できませんよ。


それに比べて、はてなのキーワードの簡潔にしてよくまとまっていること、ブログレベルでは比べ物にもなりません。
違憲か否かを判断するうえでの、もっとも厳格な審査基準に明確性の原則というものがありますが、これは法文が漠然としている場合及び制約範囲が広い(過度の広範性)場合に、法文だけで審査(文面審査)するものです。問題点の始めに挙げられているのは、このことですね。
まあ、こんな指摘をされるような法案を成立させようたって、それは無理でしょう。提出者(グループ)は何を考えているんだろうか。