郷愁、のようなもの

銀座の街もずいぶん変わってしまって、銀座通りにはブランド店の現代的で美しい建物が並び、それらを眺めていると時代の移り変わりにともなって風景は変わるし、銀座という場所は現代にふさわしいような装いが与えられているようでいて、それはけして悲しむものではないのでしょう。
ただ、あの街を歩いていると、銀座という言葉がいまだに引きずる時代というものが、まだ随所に残されているのを見ることができるし、私はそれらが語りかけてくるものが聞こえるようで、とても楽しくなるのです。
前にも書きましたが、私は麹町近辺で子供の頃を過ごしたので、ひっそりと街のあちこちに佇む古いものが当たり前の光景のように感じていました。だから、今住んでいる街に越してきた時には、あまりに無造作に景色が塗り替えられていくことに驚きを感じたものでした。
しかし山の手と呼ばれる東京の中心部では、古いものが不思議なほど残っているものなのです。それは何も景色に留まるものではなく、たとえば小学校、私の母校は千代田区立の麹町小学校なのですが、公立に関わらず制服がありました。かつては、番町小、麹町中、日比谷高、東大というのが、エリートが進学する道だといわれたようですが、地域に古くから残る学校は、その建物もモダンで古くて不思議な温もりがあったのです。
麹町小も非常に有名な学校で、電車に乗って帰る私を珍しがって話しかけてくるお年寄りは、大半が母校のことを知っていて子供心に驚いたことも覚えています。
麹町小の旧校舎は何年か前に壊されて、今では信じがたいほど現代的でデザイン的にも小学校とは言いがたいようなものが建っていますが、昔の校舎は戦前からあったような物凄いものでした。今でも思い出せるほどに大好きな学校でした。
今でも千代田、中央、文京には、公立にも関わらず電車で通う子のほうが多いという、知らない人にはびっくりするような学校が多くあります。
確かに、お坊ちゃん,お譲ちゃんの通うっているような匂いがないわけではないのですが、あの不思議な空気のなかで呼吸をしながら何年も過ごしたことは、今の私にとって小さなものではないと感じます。
銀座を歩くと感じる不思議な感覚は、私にとっては一種の郷愁のようなものなのかもしれません。

麹町小学校>http://www.kojimachi-e.ed.jp/