理由

虚構を虚構として消費するのは、ニヒルなんだろうか。
虚しさに恋してた頃は、虚しさの顔さえ見ていなかっただけなんだろう。恋に恋して、そうやって何もかも蕩尽した。捨てたことさえ痛みにならない。それはバタイユのことなんて何も分かっていなかったことの証拠だ。

それだけじゃない。
状況を判断した結論も、結局は虚しさの延長だった。
だから、単純に現実を受け入れることができないで、逃げていただけのように思える。責任を果たしたとか、誰に対して言える?世間には言えたが、自分にも彼女にも言えやしない。
今なら、何の躊躇もしないで二人で歩けた。強がることは、本当に臆病さの裏返し。けれど、これを若さゆえの必然だったなんて考えるのは、本当にバカバカしい。