Hole / Live through This (1994)

julien2004-05-24


取り残されるっていうことがなんなのかを、抽象的にではなく現実的に考えれば、誰かを失うこと、本来ならば一緒にいるはずの人にどこかへ行かれてしまうことをまず思い浮かべた。
人というものが必ず死ぬものならば、死とは遅かれ早かれの結局は時間の問題に過ぎなくなってしまうわけだが、「早く死にすぎた」という場合には、「やがて私も死ぬんだ」という観念よりも、死は現実にこれから生きていかなければならない時間として認識されると思う。つまり、死そのものよりも反転された生として、死んだ人の問題ではなく自分の問題として浮かび上がってくる。
だから、意識が向かうのは死の観念にではなく生そのものに向かざるを得なくなる。そして、それは永遠に取り残されることに他ならない。写真が色を失っていくように記憶は薄れていくけれど、生そのものが薄れることはない。喪失を抱える前もその後も、生の存在自体は変わらない。ただ、けして追い付くことのできない状態として生が取り残されるのだ。死に追いつくことはできない。死が自分に追いつくのだから。
そうして、喪失を抱えた人はアンヴィヴァレンツな状態に置かれる。取り残されたが、追いつくには追いつかれるしかないということだ。
そして、喪失が生そのものへと変わる時に、人はこう叫ぶのだろう、「それでも生きるんだ」。Live trough this。
コートニー・ラブは取り残されたものの生を、生き続けて歌う。行動なんかで判断できない。彼女は生きているだけ、歌っているだけだ。カート・コバーンは伝説のなかで生きているが、彼女のなかでは喪失となって死んだ。本当の彼は死んで、それ以外の何でもない。取り残されたものの悲しみも生も見ずに彼は逝ってしまった。そして、伝説のなかに永遠に取り残された。

個人的な90年代のベスト・アルバム。彼女もこの作品も永遠に取り残されない。

  • My Favorite Tracks

M1: Violet , M2: Miss World , M4: Asking for It , M5: Jeniffer's Body
M7: Credit in the Straight World , M10: I Think That I Would Die , M12: Rock Star
ASIN:B000003TAY