司馬遼太郎/ 関が原

読み終えたまま書くのを忘れてたいたので、思ったことを少しだけ。
最初は西軍の石田三成が中心になって描かれているので、そっち側からの視点で行くのかと思いきや、途中からは家康に重点が置かれていきます。これは、三成が挙兵した後、ほとんど家康の動きで事態が進展していくからなんだと思いますけど、要するに三成はその後、目立ったことをしてないんです。

とりあえず、なんで家康が関が原で勝ったのかがよく分かる。彼の慎重さや、先見性、思考の奥深さが緻密に描かれていきます。読んでいると気分が悪くなるくらいに、家康と彼の参謀、本多正信は策略を使いまくるし、二人によって周りが踊らされていく様は滑稽です。そして、その反面、三成が哀れになってきます。
というのも、結局、この戦いの帰趨を分けたものこそ、家康と三成の持っているものの差であったことが明白だからで、個人としては家康の10分の1にも満たない大名だった三成が、ここまでの決戦まで導いたことは賞賛に値することなんでしょうが、家康と比べたらリーダーたる資質がなかったってことで終わってしまいます。彼の決定的な敗因は、有名な小早川秀秋の裏切りではなく、味方でありながら戦おうとしない、毛利家や島津家にあります。要するに、彼らをまとめあげるだけの努力もしていないし、信頼も資質もないのです。にも関わらず、戦いの大半において寡数ながら常に優勢に戦ったのは、彼自身の兵や親友だった大谷吉継宇喜多秀家の奮戦によるもので、この辺りには感動するものがあります。
ここで努力すれば勝てただろう、というポイントもかなりありました。でも、そこでそれが出来なかったことが三成の限界だったし、結論っぽく言えば、家康と三成の差こそが、歴史を今知っているものにしたってことですね。
変動期には、個人の資質で歴史が動くという様がよく分かります。